コンビニ店員が客と恋仲に。「ちゃんと責任取ってよね」と迫られて… | ニコニコニュース
夏は出会いの季節である。しかし、出会いのぶんだけ恋愛で痛い思いをすることも多い。僕も昔、夏に始まった恋でとてつもなく痛い思いをしたことがある。
◆夏の昼下がり、コンビニにやってきたY子
Y子と出会ったのは僕が昔、コンビニでバイトしていたときのことである。夏の昼下がりの暇な時間帯。店の外ではミンミンゼミがけたたましく鳴いていた。
僕がレジカウンターに立ってタバコの補充をしていると、Y子がふらりと店に入ってきた。そして携帯電話で誰かと話しながら店内をうろうろと歩く。やがてにレジカウンターの近くまで来て話しはじめた。
「だから、そんなこと言ったってしょうがないでしょ。もう泣かないでよ」
まるで小さな子供を諭すかのような話し方だった。
「うん、それじゃあね。頑張るんだよ」
しばらくしてY子はそう言って電話を切り、ふうッと大きくため息をついた。
「大変そうですね」
そのとき店内に他に客はおらず、暇だったこともあって、なんとなく彼女に話しかけてみた。
「そうなんですよ。本当に大変なんです」
「なんの電話だったんですか」
「私、家庭教師のバイトをしてるんですけど、その教え子の中学生の女の子と話してたんです。もうすぐ受験だから頑張らないといけないのに泣き言ばかり言って」
「へえ……」
彼女はその家庭教師のバイトでの苦労について淀みなく喋り続けた。僕はタバコの補充を続けながらその話に相槌を打つ。しばらくして業者がケースに何段重ねにもなった納品の商品を運んできたので、彼女はそこで話すのをやめた。
「仕事の邪魔したら悪いのでもう帰りますね」
「あ、ところで名前を訊いてもいいですか」
「Y子です」
それからY子は頻繁に店を訪れるようになり、気軽に言葉を交わすようになった。といっても、話すのはいつも彼女のほうばかりで、僕はそれにただうんうんと相槌を打つだけだったのだが。ともかく、そんな日々が半年ほど過ぎた頃のことだった。
◆Y子からの手紙
またいつものようにY子が店に来た。が、このときはいつもと様子が違い、少しもじもじとしていた。
「あ、あの……」
「ああ、いらっしゃいませ」
「これ」
彼女はカウンターの上にリボンの付いた小さな袋を置いた。
「これは?」
「食べてください」
それだけ言うと、彼女は足早に店を出ていった。
事務室でその袋を開けてみると、中に入っていたのはチョコでコーティングされたクッキーだった。この日はバレンタインデーだったのである。一個食べてみる。甘くて美味しい。彼女の手作りだろうか。手紙も添えられていた。
<いつも話し相手になってくれてありがとう。もしよければ味の感想を聞かせてください。Y子>
最後に彼女の携帯の番号も記されていた。僕は2個目のクッキーをボリボリと齧りながらその手紙をいつまでもじっと眺めた。
Y子に電話するべきかかなり迷ったのだが、翌日の朝方、思い切って電話してみた。
「ふぁい……、もしもし……」
彼女は寝起きの声で応じる。
「ごめんなさい。起こしちゃいました?」
「へ、誰?」
「小林です」
「え、小林さん! どうしたんですか?」
彼女は驚きの声をあげ、急にはっきりとした口調になる。
「クッキーありがとうございました。とても美味しかったです。ただそれを伝えたかっただけです」
「あ、あの、私……」
「はい?」
「私のこと迷惑じゃないですか?」
「いや、ぜんぜん迷惑なんかじゃないですよ」
「よかった。もし小林さんに迷惑だとか、うざいとか思われてたらどうしようって私、ずっと心配してて……」
受話器から彼女の啜り泣く声が聞こえた。なぜ急に泣き出したのか理解できず、かける言葉も見つからず、ただ黙って彼女の泣き声を聞いた。彼女が少し落ち着いてきたタイミングでこう切り出した。
「あの、もしよければ、今度食事でにも行きませんか」
「行きます!」
彼女は二つ返事で誘いを受けてくれた。
◆「小林さんは私の元カレに似ている」
翌日の夕方、近所の書店の駐車場で待ち合わせた。すると、Y子はそこにクルマで現れる。
「クルマで来たんですか」
「さ、乗ってください」
僕は歩いて適当に近くの飲食店に入るつもりだったのだが、ともかく彼女の運転するクルマの助手席に乗り込んだ。彼女が入ったのは一軒のファミレスだった。
「小林さんは私の元カレに似てるんですよ」
彼女はパスタをフォークでクルクルと回しながら話しはじめた。
「あ、でも、誤解しないでくださいね。小林さんに興味をもったのは元カレに似てたということがきっかけなんですけど、今は小林さんのほうがずっと好きですよ。私、こんなに人を好きになったのはじめてなんです」
「そうですか……」
僕はそうまんざらでもなかった。が、すぐに付き合おうなんて言えなかった。彼女の思いがあまりに強すぎて少し引いている部分があったのである。
「今日は小林さんの話を聞かせてください」
「僕の話?」
「いつも私ばかり話してるじゃないですか。だから、たまには小林さんの話を聞かせてください」
「僕は別に話すことなんて……」
結局、このときも話をしたのはY子ばかりだった。食事を終えて店を出る。そしてまた彼女のクルマに乗り込んだ。
◆ラブホに連れていかれる
「少しドライブしてもいいですか」
「いいですよ」
僕がそう答えると、彼女は街の中心部から離れていくほうへとクルマを走らせる。車窓の景色からは徐々に光が消えていき、やがて真っ暗な夜の中を外灯の光がヒュンヒュンと一定のリズムで通り過ぎていくだけになる。
「どこ向かってます?」
「二人きりになれる場所」
「今も二人きりですけど」
「いや、そうじゃなくて……。もっと二人きりになれる場所」
「具体的にどこですか」
「ラブホ」
僕はドキリとして沈黙する。
「行っていいですか」
僕はなにも答えなかった。無言で承諾したつもりだった。彼女のほうもそれを汲み取ってか、しばらくクルマを走らせてから誘蛾灯のように看板のネオンを煌々と光らせるラブホの門を潜った。
そしてそのベッドの上でのことである。彼女の前腕に無数の切り傷の跡があるのに気付いた。そのうちのいくつかにはまだ瘡蓋が付いている。
「なんですか、これ」
「えへッ、ちょっと切っちゃった」
「ふーん……」
そのときの僕はそれをあまり気にしなかった。まだあまりにも若すぎて、とにかく性欲を満たすことしか頭になかったのである。
それから僕はY子と付き合うかどうかを保留にしたままコンビニ以外でもたまに会うようになり、やがて彼女は僕のアパートにまで来るようになった。
◆嫉妬した彼女がとった驚きの行動
そんなある日のことである。彼女が僕の部屋にいるときに女友達のHから携帯に電話がかかってきた。思わず話が弾んでしまい、Y子が部屋に来ていることも忘れ、気が付くと1時間以上もHと話していた。
電話を切ってY子のほうを向いた。
「ごめん。急に友達から……」
そしてギクリとしてしまった。彼女の腕を掴んで眺めた。そこからは……。
「なんでこんなことを……」
「わかってほしかったから」
「なにを?」
「私がどれだけ傷ついてるのかを」
Y子が部屋に来ているにもかかわらず、他の女と電話で1時間以上も話してしまう僕もかなりのクソ野郎である。が、だからといってこんな……。
「ほら、もっとよく見てよ。こうやって見せてあげないと小林さんはわからないでしょ?」
僕は彼女の傷をただ呆然と眺めた。なにも言葉を返すことができなかった。が、心の中ではこう警報が鳴り響いていた。この女は危険だ! 今すぐに離れろ!
それから僕は彼女からの着信をすべて無視するようになった。コンビニのバイトもすぐに辞めた。しかし、それでY子がすんなりと身を引いてくれるはずもなかった。携帯は約10分おきくらいにY子からの着信で鳴った。アパートまで直接来られることもあった。
ピンポーン。インターホンが鳴らされる。僕は足音を立てないように忍び足で玄関ドアに近づいて覗き窓を覗く。Y子がそこに立っていた。彼女がバッグから携帯を取り出すのが見えた。まずい! 僕に電話してくる気だ。僕は慌ててテーブルの上に置いていた携帯を掴んでマナーモードに切り替えた。
そんな風にビクビクと過ごす日々がしばらく続いたある日のこと。携帯に非通知の着信があったので、僕はなんの考えもなしにそれに出てしまった。
「もしもし」
「う、うううう……」
すると、女性の啜り泣く声が聞こえる。しまった、Y子だ! 彼女はいつも番号を通知してかけてくるので油断してしまった。
「やっと出たよ。ねえ、私のこともう嫌いになったの?」
「いや、なんというか……」
「お願いだからもう一度だけ会ってよ。どうしても話したいことがあるの。それで終わりにしてもいいから」
「う、うん……」
断ることなんてできなかった。彼女にもう一度会って付き合えないということをはっきりと伝えようと思った。
◆「ちゃんと責任取ってよね」
翌日、近所の喫茶店でY子と会った。そしてそこで彼女に言われた言葉に打ちひしがれることになった。
「生理が遅れてるの」
「……嘘でしょ?」
じゅうぶんに気を付けていたはずだが……。
「避妊しても妊娠の可能性がゼロになるわけではないんだよ」
「え、そうなの?」
僕も専門家ではないので彼女の言葉をはっきりと否定することはできなかった。
「あと1週間くらいしても来なかったら検査してみようと思う。もしそのときは……ちゃんと責任取ってよね」
「責任って……」
「結婚しろなんて言わないよ。どうせそんな気ないでしょ?だから堕胎する。それには相手男性のサインも必要になるから。そのときはちゃんと電話に出てよね」
「……うん」
アパートに帰ってからひとりじっくりと考えた。もしY子が本当に妊娠していたら……堕胎なんてさせたくなかった。それは生まれてこようとするひとつの命を殺すことになる。だからそのときは責任を取って結婚する。そう決めた。
しかし、なんにしてもいちばん良いのはY子が妊娠していないことである。どうか妊娠していませんように……。しばらくはそう祈るような気持ちで日々を過ごした。そして幸運にもその後、彼女から電話がかかってくることは二度となかった。
当時、彼女の気持ちはまるで理解できなかった。が、そもそも心の傷というものは他人には絶対に知り得ないものだ。そしてその傷への対処法も人それぞれである。そういうことだけはなんとなくわかるようになってきた。今の僕だったらY子に対してもう少し違った対応ができたのかもしれない。が、あの頃の僕は目の前で行われる自傷行為がホラーにしか思えなくてただ逃げることしかできなかった。
あれからずいぶんと月日が経った。窓の外ではあの日Y子にはじめてあったときのようにミンミンゼミがけたたましく鳴いていた。
<文/小林ていじ>
【小林ていじ】
バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterのアカウント@kobayashiteijiで。趣味でYouTuberもやってます。YouTubeで「ていじの世界散歩」を検索。

(出典 news.nicovideo.jp)
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